【由 緒】
戦国末期美濃三人衆の武将稲葉良通一鉄が天正7年(1579)子貞通に政事を任せて、清水城に隠退。妻(西三条左大臣藤原公条の娘)は、城北の山麓に邸宅を構え居住したが、天正9年(1581)歿。法名弘徳院殿月桂周芳大姉。夫一鉄は妻の旧宅を寺として、少林山月桂庵とした。当庵は、南化和尚の法弟湖南宗岳和尚を始祖とした。(臨済宗)
天正16年(1588)に稲葉一鉄歿。法名清光院殿一鉄宗勢大居士で月桂庵に葬り、夫妻の菩提寺とした。歿後庶子重通〜通重(重通の子)へ城主継続をしたが通重は故あって改易となり、清水城稲葉氏は断絶(1618)した。
以後寺は荒廃したと云う。延宝7年(1679)彦根城主伊井家が、一鉄の旧恩を感じ大和国禅源寺中興月渚舟和尚を請して寺再興を図った。月渚和尚は以後35年在住してその間に曹洞宗に改宗し月桂院と改称して開山の任を果した。
なお一鉄嫡男貞通(曽根城系稲葉本家)は郡上八幡5万石〜関ヶ原戦後は九州臼杵5万8千石に転封され以後明治まで続いた。
【行 事】
大般若会 涅槃会 潅仏会 施食会 開基会 達磨会 地蔵会 その他